水・食料なしで2日間山道を歩けますか?ミャンマーの難民の子供達

大人のチャレンジャー

「あなたはこの国の国民、住民ではない」と言われたらどうしますか?
自分の家の近くで戦闘が始まり、住んでいた場所から徒歩で逃げることになったらどうしますか?
私たちと同じ年齢の子供たちがこのようなことを経験して、難民となっていることを知っていますか?
今回はミャンマーの紛争を逃れてマレーシアに来た難民の子供たちの施設に行って来ました!

まず、ミャンマーってどこ?

ミャンマー連邦共和国(Myanmar/ミャンマー)は、東南アジアのインドシナ半島に位置する国です。首都はネピドーで、人口の70%がビルマ族で、その他多くの少数民族がいます。ミャンマーの西にあるチン州で戦闘が起こっており、そのため多くのチン州の村人たちは何も持たずに国境を越えてタイ、バングラデシュやマレーシアに逃げて来ています。

難民の人たちが来るミャンマー、チン州からクアラルンプールまで

ミャンマーの子供たちの家との出会い

私は学校での「難民の子供たちのためのクリスマスサプライズ・プロジェクト」の時に初めてミャンマーで内戦が起こっていて、難民の子供たちがマレーシアに来ていることを知りました。私と友達はクリスマスに向けて、難民の子供たちが学校に来た時に楽しめるように色々とアイデアを出し合い準備をすすめました。例えばクッキーにチョコペンでデコレーションできるようにする、たくさんのボードゲームやレゴブロックを準備する、会場をクリスマスパーティ用に飾り付けしたりしました。さらに、保護者や先生からの募金の協力を受けて、文房具やかばんを買って来て全員分のプレゼントを用意して、難民の子供たちを迎えました。当日はゲームをして、クッキーを可愛く飾り、10-12歳くらいの子供たちは少し英語が話せたので一緒に喋って楽しく時間を過ごしました。このようなセンターに入っている子供たちは私たちのようにやりたいことをいつでもやることはできないので、クリスマスの時に楽しい時間をプレゼントしました。

出会った子供たちは皆ミャンマーを逃れた難民で、皆ミャンマー西部のチン州から来て、親と離れて暮らしています。皆住んでいた村で戦闘が始まり、何も持たずに逃げて来た子供たちです。
今回、TANQ-JOBの記事のために、センターに行って責任者の方にインタビューしました。

センターの責任者、ジュリアンさんにインタビュー

センターで会った子供達、渡部、ジュリアンさん

ジュリアンさんのプロフィール
彼もミャンマーからの難民です。
現在はシャーロム エジュケーション センター(Shalom Education Centre)を運営しています。
ミャンマーのチン州で生まれ育ち、内戦がひどくなった2016年にマレーシアに来ました。

なぜこのセンターを設立したの?

このセンターは難民の子供たちの唯一、安全な場所です。子供たちはどの国の市民権も持っていません。なのでこのセンターがないと子供たちは行く場所を失い、道で乞食をするしかなくなります。
さらに、センターで子供たちを教育することによって彼らは貧困から抜け出すことができます。教育がこれからの彼らの人生に役立つことを願っています。
しかし、子供達に教えてくれるボランティアの数が少ないので、短時間でもいいのでボランティアに来てくれると嬉しいです。

なぜ難民の子供たちはマレーシアに来たの?

なぜならマレーシアは東南アジアの中でも発展していて、ミャンマーに比べて安全だからです。さらにチン州の人たちは大半がキリスト教徒で、ミャンマーの他の州は仏教徒が多くて宗教的差別を受けることもあるのでマレーシアに来ました。また、どんな状況か想像することは難しいかもしれませんが、ミャンマーはまだ軍が力をもっていて日本やマレーシアのように首相や政府が国を治めるようにはなっていないのです。

シャーロムエジュケーションセンター(Shalom Education Centre)となった理由は?

私がインタビューに行った時は「ユナイテッド・ラーニングセンター」ではなく「シャーロム・エジュケーションセンター」と名前が変わっていました。
最初は、ユナイテッド・ラーニングセンターとして難民の子供たちの施設を運営していました。しかし、今年の4月に経済的にサポートしてくれていたシンガポールの人が継続することができなくなり、加えて今まで住んでいた家のオーナーが違う人にその場所を貸すことになり、その家は取り壊されることになりました。そのため、名前を変えてより小さな家に引っ越しせざるをえませんでした。現在は、キリスト教の教会やボランティアのサポートや寄付に頼っています。

子供たちの毎日

センターでの子供たちの1日
  1. 朝7時に起きる
  2. シャワー(節約のため最初と最後に少しだけ水を使うそうです)
  3. 掃除
  4. 朝ごはん作り
  5. 朝ごはん
  6. お祈り
  7. 授業(ボランティアによる)
  8. 昼ごはん
  9. 授業(ボランティアによる)
  10. 遊び時間
  11. 晩ご飯作り
  12. 勉強
  13. 寝る

ボランティアの方達が子供たちを教えていて、全部で約70人ほど子供たちがいます。
一番年上の子供が17歳で、最年少の子供が4歳です。マレーシアの学校に通うことはできません。18歳になると働きに出ますが違法な環境で働くケースが多く、低賃金で、3K(キツイ、汚い、危険)の仕事になることも多いそうです。子供たちのほとんどはキリスト教徒でした。
ジュリアンさんによると、マレーシア政府は一時滞在しか認めていないので難民の人たちはマレーシアに住んだ後、オーストラリアやアメリカなどに渡れるよう申請するそうです。ジュリアンさん達も、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に申請し何回ものインタビューを受け、申請がとおるのを何年も待っています。

みなさんの協力をお願いします!

現在シャーロム・エジュケーションセンターはスポンサーがいなくて、困っています。
下のポルカにお金をご支援くだされば、私が責任を持ってそのお金をセンターに持参します。
子供用の洋服(夏服)、文房具、塗り絵、おりがみ、ノート、英語ドリルや計算ドリル、食料などを送ってもらえるととても助けになります。
この記事を読んだみなさんが日本からサポートとして物資を送ってくれたらセンターの子供達もとても勇気付けられます。
学校や友達同士で募金や物資を募る活動で協力お願いします。大学生や大人の方だったらマレーシアに旅行にくるチャンスがあれば、ボランティアにセンターを訪問してみてください。
どんなサポートでも歓迎します!

私一人では十分サポートができないのでみなさんのご協力お願いします!

※polcaでの募集は終了しています。詳しくは以下の報告をご覧ください。

タイトルの理由はジュリアンさんが実際にミャンマーからマレーシアに逃げる途中、ミャンマーのポリスから逃げながら2日間水無し、食料無しでジャングルの中を歩き続けたことがあるそうです。

ミャンマーの状況についてもっと詳しく知りたい方
外務省:チン州南部で戦闘が発生しています
 日本にいるミャンマー、チン州出身の方のお話
ラジオフリーアジア(RFA) 記事:チン州の村周辺での戦闘で村の人たちは国外に逃げていることを伝えています。
(三番目の記事は英語で書いてありますが、グーグル翻訳を使ったり、お父さんお母さんと一緒に読んでみてください。)

ご報告

6月9日にこれまで学校で集めた寄付とポルカでいただいたご支援を合わせ、2,000マレーシア・リンギットをセンターに持って行きました!加えて、家にあったおもちゃも持って行きました。(笑)
ポルカでのご支援ありがとうございました!
引き続きご協力よろしくお願いします!
子供用の洋服(夏服)、文房具、塗り絵、おりがみ、ノート、英語ドリルや計算ドリル、食料などを送ってもらえるととても助けになります。
この記事を読んだみなさんが日本からサポートとして物資を送ってくれたらセンターの子供達もとても勇気付けられます!

ジュリアンさんに手渡しして来ました!

おもちゃを開けて遊びました。


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加藤路瑛
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